ログイン思った以上に共鳴の力は強大だった。その反動で意識が朦朧としていたラリアはどうにか部屋へ辿り着く。ゆっくりとラビリンスをベッドに横たわすと、寄り添うように隣に沈んでいく。頭の中に2つの光が見えた。その光はまるで自分達を現しているように思える。瞼の裏で展開されていく世界は古代の世界だった。何を見せようとしているのかと、近づいていくが、中々その真相に辿り着く事が出来ない。 全ての意識がプッツリと消えたラリアはいつの間にか少年のような寝顔を見せ、ラビリンスと向かい合っている。二人の様子を転写魔法で見ていたサイレンスは映像を落とすと、二人が眠ったのを確認し、全ての明かりを消していった。 「終わりましたか?」 「どうにかね」 「……貴女の仕業でしょう? サイレンス様」 「何が言いたいのかしら」 大きな丸い石で出来たテーブルを介して突き詰めようとするミミコット。今回のミハエルが起こした行動は疑問点が多い。彼の使用した魔術道具あれは元々がこの宮殿に保管されている太古の道具。この道具を動かす権利を持っているのは国王と王妃の跡を次ぐ第一王女であるサイレンスのみ。他の立場の人間は使用する事は愚か、触れる事も出来ないはずだった。 「何故あれが彼の手に渡ったのですか……それとどうして彼が動かす事が出来たのかを説明してください」 気になってしまった事はどんな内容でも追求してしまう、それがミミコットの癖だった。ラビリンスに危害を加える可能性もあったからこそ、余計に隠している情報を提示するように求めていく。そんな彼女を微笑みであしらおうとすると、タイミング悪く転移結界が発動し始めた。ルルに使用権限を与えていた事を思い出したミミコットは、一端話を打ち切ると、その瞬間に合わせて全ての映像を消去していった。 「この映像を彼に見せる訳にはいきませんからね」 「良い判断ね」 ぼ
周りが見えないくらいに冷静さを手放したミハエルは満足したようにラビリンスから離れていく。このままではこれ以上の事をしてしまいそうになり、歯止めが効かなくなってしまう。本来の彼は人に見せつけるような趣味は持ち合わせていない。ゆっくり離れていく二人の唇には離れるのを嫌がるように一つの糸が繋がっている。 ミハエルが気を抜いた瞬間にルルが攻撃をしかける。彼の体内で練りに練った髄海溶液をネックレスにかける為に、シュンシュンと音を隠して飛び込んでいく。何かの気配を感じたミハエルは正気に戻ると、体制を整えようとした。 ガキィィィン、と刃と刃がぶつかる音が鳴り響く。ルルを守る役目を担ったラリアは矛先を自分へ向けようと誘導していった。一瞬の早業で何が起こったのか分からないミハエルは、自分を守る事に必死のようだ。そんな二人が戦っているのを見ているラビリンスは叫ぶ。 「やめてください、どうしてそんな事を……」 二人に向けた言葉をかき消すようにルルは人間の姿を模倣し、主人の目の前に現れた。まだ五歳くらいの少年に見える子供が、ラビリンスを抱きしめながら、自由を奪っていく。 「何するの……」 「ごめんね、姫様。すぐ元に戻すから我慢してて」 姫様と呼ぶ少年はあどけない表情を見せつけながら、今まで見ていた事実を思念でラビリンスへと送信する。巻き戻されていく時間軸があっと言う間に、こうなった真実を解放させていった。人間の脳の回転速度を超えた彼の回想は思ったよりも衝撃的になっている。全てを理解したラビリンスは言葉を失い、その場で力を抜かし、地べたへ吸い寄せられていく。 「貴方はルル、なのね……どうしてこんな事」 「僕が送ったものは時期消滅するよ。姫様の記憶には何事もない日常へと書き換えられていくと思う。お願いだから、僕を信じて」 「……うう」 魅入られてしまって
「何をしているーー」 ドアから光が溢れている事に気づかず、情事に埋もれていたミハエルの姿を捉えた声が敵意を向けてきた。後少しでラビリンスを手に入れる事が出来たのに、邪魔をしてくるとは。何者なのかと振り向くと、目線が合う前に剣先が彼の首元を捉えた。その瞬間、全ての明かりが灯され、その姿がくっきりと彼の瞳へと固定されていった。 丹念に解されたラビリンスの姿を見て、怒りが増していく。頬は赤く、うっすらと開いた瞳は憂いでいる。自分に向けられるはずだった愛しい眼差しを、他の男へと向けていた。2つの雫は共鳴を始める。その度にラビリンスの体がビクリビクリと痙攣した。王女達は共鳴と言う能力を秘めている。そして番となった相手を求めるように全ての感覚を縛られていく。作り物の共鳴でもラビリンスが隠している存在は本物だ。密度の濃さをリンクさせる為にアクセサリーとして対象者に最低限五時間以上つけてもらう。そうすると共鳴の印を刻み込んだ宝石の中へ彼女の共鳴の流れが同調し、効力が発揮されてしまう。 宝石の力により何が現実で何が夢なのかを理解出来ていないだけ。そう自分に言い聞かしていくラリア。それでも行き場のない気持ちは、放置しておくと爆発しそうだった。今すぐこの首を切り落とす事も出来る。しかしここはゲルツシュタイン帝国ではない。ラリアは招待されている身であり、この国の実権を持っている訳ではない。二人は睨み合いながらも、引く様子は見えない。そんな空間を切り裂いたのはラビリンスだった。 「やめてください、私の婚約者に刃を向けるなんて……私達は愛し合っているだけなのに」 まるで知らない相手に話すようなラビリンスに驚愕してしまう。婚約者は自分なのに、何故だかミハエルを庇い、ラリアを敵対している。力に飲み込まれているラビリンスを正気に戻す方法を知らないラリアは無言で剣をしまっていく。 「大丈夫? ラリア」 「ああ」 「邪魔されちゃったね、後で愛し合いましょう」
忘れていた事を思い出してしまったミハエルは苦悩していた。今まで感じていた怒りは嫉妬として姿を現し、彼を着実に蝕んでいる。今まで自分の記憶と思っていたものは所々事実とは違う事に気づき、受け入れるしかない。しかし急に呼び起こされた記憶を受け入れる事は難しい。内心では否定したいのに、体が言う事を聞いてくれなかった。鎖骨に刻まれたサイレンスの魔法陣が赤く光ながら、悪魔の笑みを見せていく。 「あら……お帰りですか? えっとミハエル様」 「……君は?」 「何度もお会いしているのですが……ラビリンスと申します」 ラビリンスーーその名前を聞くと熱が全身に流れていく。心の奥底に眠る魔物の血がドクンと大きく脈打った。ぼんやりラビリンスを見つめながら、胸ポケットに手を入れた。指先がジャラリと音を奏でると、そっと手に取り、ラビリンスの手に落とした。 「これは?」 急な事で焦りながら手を広げた先には青い雫のネックレスが転がっている。キラキラ輝く宝石の美しさに圧倒されていく。ラビリンスはネックレスからミハエルへと視線を変えると、先程の薄暗い雰囲気の彼とは正反対な姿が写っていた。 「ラリア様がラビリンス様へと。自分で渡すのは恥ずかしいようで、私に渡すように命じたのです。何があってもつけておいてほしいとーーラリア様の愛の結晶として貴女様の側に」 「……嬉しい」 「気に入られたようで安心しました。ラリア様に報告が出来ます。それと、この事はラリア様には言わないでくれますか?」 「どうして? お礼言わなきゃ」 「不器用な所がありますからね、直接言われるとどうも……静かに受け入れてほしいとおっしゃっていましたよ」
何があっても側にいたはずなのに、一人で行動をする事が多くなったミハエルは自分の役目を徹底するしかなかった。ラリアとラビリンスの婚約が決まってから余計に。何かに冒頭しないと精神的に参ってしまいそうになる。ミルダント国とゲルツシュタイン帝国この2つの力を支配する為に、ラリアの行動に制限をかけたい思惑があった。そのために何年もの時間を費やし、ラリアとの信頼関係を構築してきたのだから。 どんな女性がラリアに迫っても、決して受け入れる事がない揺るがない王子。そのラリアを簡単に手にしたラビリンスの姿を見ていると、どうしてもモヤモヤしてしまう。二人に対して気持ちを持っている訳ではないのに。 「……はぁ」 「ため息を吐くと幸せが逃げていくって知ってる?」 気を取られていたミハエルは投げかけられた言葉にビクリと反応を示す。ずっと自分が見られていた事も知らずに。声の主が隠れている方向へと視線を向けた。宮殿の中心には祭り事として使われる司祭の間が広がっている。六本の柱は中心を守る為、神聖を保つ為に作られた魔導柱と言われているものだった。神の祝福を受けた存在は自らの体を柱へと隠す事が出来る。下半身は取り込まれているが、上半身はミハエルに正体を明かすようにわざと外されていた。 「サイレンス!!」 「その呼び方はマズイでしょ。貴方は騎士なのよ? 私は第一王女……立場が違うの理解しているのかしら?」 一体化していた姿を解くと、満足したように微笑みを向ける。その姿は鋼鉄の花嫁と呼ばれている事実とは違った。初めて見るサイレンスの本当の笑顔に動揺すると、無意識に後ずさっていった。見えない恐怖を体験しているような感覚を全身で受けていく。ここで怯んでは今の立ち位置も脅かされてしまうと思ったミハエルは、全ての感情を心の奥底へと閉じ込めた。 「監視していたのか」
月日は颯爽と過ぎていく。日常の中で突然現れたラリアの存在が、いつの間にかラビリンスの当たり前になっていった。ゲルツシュタイン帝国へ戻って行った彼はそれ以来、なんどもこの宮殿に来訪している。最初はギクシャクしていたラビリンスだったが、彼の存在に慣れていくと警戒心と緊張は解き解され、素直な自分を表現出来るようになった。 彼から見たら最初から感情を出していると思っていただろう。しかしラビリンスの本当の姿を見れば見るほど、自分が思っていたよりもしっかりと考えを持っている女性なのだと理解する事が出来た。お転婆姫と言われながらも、戦略の話や他国との交渉をする姿は薄明で凛々しい。そこには周囲を納得させる程の才が見えた。 国王として父を支える第四王女ラビリンス。彼女はなるべくゲリアが動かないように采配を置き、周囲の人々の力を的確に指示していく。可憐に笑うその姿に隠れているのは、表面には浮かんでこない思惑と裏切りを撲滅するもう一つの顔を持っている。その表情はお転婆姫としてではなく相好の戦乙女の顔と似ていた。 「お待たせしました、ラリア様」 最後に彼がミルダントに来たのは一ヶ月前の事になる。一時はラビリンスに会う為に2日に一回は顔を出していたが、ゲルツシュタイン帝国でも何かしら動きがあったらしい。詳しい事は口にしないが、彼の様子が違った。いつもなら悪戯っ子のようにラビリンスを茶化すのだが、あの時の彼はその姿を見せる事はなかった。一緒にいるのに、何やら考えに埋もれているようだ。 空気を読んだラビリンスは、少しずつ会話のペースを落としていく。共有し合う時間は二人にとって特別。それを破棄してでも気になる物事があるのだろう。自分も立場があるから分かる。ラリアを見て自分も周囲に同じ事をしている瞬間があった時を思い出す。例え余裕がなくても、自分本位ではいけない。そう自分にいい聞かせながら、言葉を落としていく。







